そこはかとなくマニアな日記
(遙かなる時空の中でファンサイト付属日記)
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応援バナーも設置しましたので、遙か4愛蔵版にバンドルされていた遙か5体験版をレポートしたいと思います☆
レポ…と言いつつロマンス度合いがたいへん少ないのは管理人の仕様です。
エントリーの主題は、第十回でも書いておりました、遙か5の物語が始まるのは何年頃のことかしらというあの話です。申し訳ございません(^^;;
さて、公式HP「物語」ページの「序章ストーリー」で紹介されているのは、体験版に収録されたイベント、
「はじまり」:神子が召喚されるイベント
「二丁拳銃の男」:坂本龍馬との出会いイベント
「悪魔のように傲然と」:高杉晋作との出会いイベント
上記三本のダイジェスト版でした。
この他、体験版には八葉それぞれとの出会いイベント(フルボイス)が入っています。
スチルも公式で公開されていますが、PSP画面で見てもとても奇麗ですv
さて、八人全員の出会いイベントを見まして、
物語スタートは1864年、とほぼ確信しましたv
坂本龍馬と高杉晋作のイベントは歴史的事件に言及されていないので時期を推測しにくいのですが、チナミ君との出会いイベントには、はっきりと「東照宮参拝」という話が出てきます。
これは、1864年3月27日に筑波山で挙兵した天狗党(の一部)が、同年4月3日、日光東照宮参拝のために行軍した時のことと思われます。
「立派な兄」さまもご出演、しかも藤田小四郎と名乗ってくださいました…!
ということでチナミ君は水戸学の権威、藤田東湖の息子さんであると断定します。
お兄さんの小四郎さんは文字通り東湖の四男なので、チナミ君は五番目以降のお子さんですね。
以下、体験版画面メニュー上に並んだイベント名を上から順番に見ていきます。
そのチナミ君も同行している状況で、次は福地桜智との出会いイベント。
「朱雀は新選組の元にあり」という情報をもたらしてくれる彼との出会いの後、路地に座り込んで苦しい息を吐いている沖田総司と出会います。
心配する神子を置いてさっさと屯所に帰る沖田さんを追いかけると、屯所の前で局長と副長に出会います。
その局長副長の会話の中に「池田屋」と「四国屋」の単語が!
四国屋は、有名な「池田屋事件」の折、浪士たちの潜伏先として疑われていたもう一つの宿の名です。その二つの宿の名が検討事項として会話にあがるならば、これは「池田屋事件」の直前の出来事と考えて良いでしょう。
池田屋事件は1864年6月5日です。
次は小松帯刀との出会いイベントです。
炎上する京。長州藩士を倒しているので、禁門の変と思われます。
京都での復権を目指して一部の長州藩士が上洛、会津藩や薩摩藩がこれを撃退した事件。小松帯刀も薩摩藩家老として参戦しました。
…このときに、京都はひどい火災に見舞われています。
小松さんイベントの背後の火災は、きっとそれでしょう…。
禁門の変は、1864年7月19日。
ちなみに中岡慎太郎はこのとき、長州側で参戦しているようなのですが、遙かではどうなるのでしょう…?
最後のイベントは、アーネスト・サトウとの再会イベント。高杉晋作との出会いイベントで二人の戦闘を仲裁した神子が、後に京でアーネストと再会します。
京と判じるのは、瞬兄の「二条城に帰りましょう」という台詞に依ります。二条城は将軍が京都滞在時に使用する城ですので、一般人が足を踏み入れられるはずもないのですが、幕府宰相の天海さんが動いた結果なのでしょう。
歴史的事件への言及がないので断言は出来ませんが、これは禁門の変の前後だと思われます。小松さんイベントで、禁門の変の火災は玄武と朱雀のぶつかり合いのせいだという話があり、このイベントでは「沖田が朱雀を使うかもしれない」という話と、朱雀を使うと「自分の身を削る」という話が出てきます。
さて──
問題は、冒頭の二つのイベント、
坂本龍馬との出会いイベントと、高杉晋作との出会いイベントです。
自分の居場所が分からない神子を助け、ここは下関だと告げる、坂本龍馬のイベント。
無断で上陸した外国商人とその通訳のアーネストを追撃し、玄武をけしかけ大暴れ(笑)する、高杉晋作のイベント。
おそらく物語のスタートとなであろうこの二つのイベントは、まったく歴史への言及がありません。
そこで逆に1864年の二人の同行を見てみると──
坂本龍馬は、師匠の勝海舟とともに1864年2月9日に長崎へと向かっています。
2月中旬頃には下関を通過している可能性があるかも知れません。
(なお、私があげた日付はすべて旧暦ですので、2月の中旬〜下旬の気候は、現在の3月〜4月の陽気になります)
また、当時、長州藩は関門海峡を封鎖し、通行しようとする船舶を打ち払っています。
(勝海舟が長崎へ向かったのもこの問題を調停する為でした)
船で海上を通り過ぎることすら許可していないのに、密かに上陸する外国人がいたりすれば、高杉晋作が血相かえて追撃してくるのも無理はありません(^^;
ということで、この二人のイベント…物語のスタートは、
1864年の2月〜3月(旧暦)ではないかと推測いたします。
発売日は2月24日。
──合わせてくるかな?(笑)
ともあれ、激動の時代を彼らがどう生きてくれるのか、楽しみにしたいと思いますv
レポ…と言いつつロマンス度合いがたいへん少ないのは管理人の仕様です。
エントリーの主題は、第十回でも書いておりました、遙か5の物語が始まるのは何年頃のことかしらというあの話です。申し訳ございません(^^;;
さて、公式HP「物語」ページの「序章ストーリー」で紹介されているのは、体験版に収録されたイベント、
「はじまり」:神子が召喚されるイベント
「二丁拳銃の男」:坂本龍馬との出会いイベント
「悪魔のように傲然と」:高杉晋作との出会いイベント
上記三本のダイジェスト版でした。
この他、体験版には八葉それぞれとの出会いイベント(フルボイス)が入っています。
スチルも公式で公開されていますが、PSP画面で見てもとても奇麗ですv
さて、八人全員の出会いイベントを見まして、
物語スタートは1864年、とほぼ確信しましたv
坂本龍馬と高杉晋作のイベントは歴史的事件に言及されていないので時期を推測しにくいのですが、チナミ君との出会いイベントには、はっきりと「東照宮参拝」という話が出てきます。
これは、1864年3月27日に筑波山で挙兵した天狗党(の一部)が、同年4月3日、日光東照宮参拝のために行軍した時のことと思われます。
「立派な兄」さまもご出演、しかも藤田小四郎と名乗ってくださいました…!
ということでチナミ君は水戸学の権威、藤田東湖の息子さんであると断定します。
お兄さんの小四郎さんは文字通り東湖の四男なので、チナミ君は五番目以降のお子さんですね。
以下、体験版画面メニュー上に並んだイベント名を上から順番に見ていきます。
そのチナミ君も同行している状況で、次は福地桜智との出会いイベント。
「朱雀は新選組の元にあり」という情報をもたらしてくれる彼との出会いの後、路地に座り込んで苦しい息を吐いている沖田総司と出会います。
心配する神子を置いてさっさと屯所に帰る沖田さんを追いかけると、屯所の前で局長と副長に出会います。
その局長副長の会話の中に「池田屋」と「四国屋」の単語が!
四国屋は、有名な「池田屋事件」の折、浪士たちの潜伏先として疑われていたもう一つの宿の名です。その二つの宿の名が検討事項として会話にあがるならば、これは「池田屋事件」の直前の出来事と考えて良いでしょう。
池田屋事件は1864年6月5日です。
次は小松帯刀との出会いイベントです。
炎上する京。長州藩士を倒しているので、禁門の変と思われます。
京都での復権を目指して一部の長州藩士が上洛、会津藩や薩摩藩がこれを撃退した事件。小松帯刀も薩摩藩家老として参戦しました。
…このときに、京都はひどい火災に見舞われています。
小松さんイベントの背後の火災は、きっとそれでしょう…。
禁門の変は、1864年7月19日。
ちなみに中岡慎太郎はこのとき、長州側で参戦しているようなのですが、遙かではどうなるのでしょう…?
最後のイベントは、アーネスト・サトウとの再会イベント。高杉晋作との出会いイベントで二人の戦闘を仲裁した神子が、後に京でアーネストと再会します。
京と判じるのは、瞬兄の「二条城に帰りましょう」という台詞に依ります。二条城は将軍が京都滞在時に使用する城ですので、一般人が足を踏み入れられるはずもないのですが、幕府宰相の天海さんが動いた結果なのでしょう。
歴史的事件への言及がないので断言は出来ませんが、これは禁門の変の前後だと思われます。小松さんイベントで、禁門の変の火災は玄武と朱雀のぶつかり合いのせいだという話があり、このイベントでは「沖田が朱雀を使うかもしれない」という話と、朱雀を使うと「自分の身を削る」という話が出てきます。
さて──
問題は、冒頭の二つのイベント、
坂本龍馬との出会いイベントと、高杉晋作との出会いイベントです。
自分の居場所が分からない神子を助け、ここは下関だと告げる、坂本龍馬のイベント。
無断で上陸した外国商人とその通訳のアーネストを追撃し、玄武をけしかけ大暴れ(笑)する、高杉晋作のイベント。
おそらく物語のスタートとなであろうこの二つのイベントは、まったく歴史への言及がありません。
そこで逆に1864年の二人の同行を見てみると──
坂本龍馬は、師匠の勝海舟とともに1864年2月9日に長崎へと向かっています。
2月中旬頃には下関を通過している可能性があるかも知れません。
(なお、私があげた日付はすべて旧暦ですので、2月の中旬〜下旬の気候は、現在の3月〜4月の陽気になります)
また、当時、長州藩は関門海峡を封鎖し、通行しようとする船舶を打ち払っています。
(勝海舟が長崎へ向かったのもこの問題を調停する為でした)
船で海上を通り過ぎることすら許可していないのに、密かに上陸する外国人がいたりすれば、高杉晋作が血相かえて追撃してくるのも無理はありません(^^;
ということで、この二人のイベント…物語のスタートは、
1864年の2月〜3月(旧暦)ではないかと推測いたします。
発売日は2月24日。
──合わせてくるかな?(笑)
ともあれ、激動の時代を彼らがどう生きてくれるのか、楽しみにしたいと思いますv
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